愛知県内を中心に高齢者からお子様までを対象とした福祉・介護サービスを展開しています

社員インタビュー:早川 修平

生年月日

1991.11.21

PROFILE

2012年5月入社。入社後、障害支援施設「春風」にて働く。その後新規事業『放課後等デイサービス/ジーニアス』の立ち上げに携わり、現在1号店であるジーニアス滝ノ水校にて主任としてスタッフ教育や現場管理を行う。本部CRS事業である海外支援事業にて2016年7月、カンボジアに渡り現地の子供たちへの支援活動も行う。


自然体で笑える自分との再会

大学4年、保母さんの仕事をしていた母が亡くなった。突然のことでした。母の葬式をすることになり「誰も来ないんじゃないか…」なんて思っていたんですけど、教え子の方達が続々とやってきて、涙ながらに「最後のお別れをしにきました」「大好きな先生でした」と言葉をたくさんかけてくださる中で、はじめて母の仕事、母が歩いてきたものを見た気がしました。”保母さん”としての母の姿は、正直あまり知らなかったので、恥ずかしながら母の死を通して、長年子供たちの教育に携わってきた母が残したものを知ることとなりました。自分の将来、就職、仕事というものについて深く考えていなかった当時の僕にとってはその母が残した”財産”、教え子さん方の姿がずっと心に残っていました。ただ、親孝行どころか、成長した姿を見せることもできないまま母は亡くなってしまったので、その後はただただ時間が過ぎるのを待つ、そんな毎日を過ごしていました。頭の片隅で残る、母が残した”財産”について、漠然とですけど「子供たちと関わる仕事っていいな」そんなふうに思うようにもなっていました。

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そんなとき,毎日を過ごす僕のことを気にかけてくださっていた方から「子どもの施設をやっている人がいるけど見に行ってみる?」と障害者支援施設である【春風】を紹介していただき、見学することになりました。「障害がある子供たちが通う施設」というのは施設に見学へ行く前から聞いていたのですが、実際に行ってみて思たのは「この子達の何が障害なんだろう…???」ということでした。それよりも、利用者さんたちと話したり、遊んだりしていたら、とにかくすごく楽しくて、気がついたら心から笑っている自分がいました。母の死後、心から笑ったのはその時がはじめてだったように思います。「ここで働きたい!」「職場でこんな楽しい場所があるんだ!」って浮かれましたね。今も利用者さんたちから元気をもらう日々です。どんなに嫌なこと、辛い事があった時でも、ここにくれば自然体で笑える自分がいる…僕にとって春風はすぐに自分にとって不可欠な場所になりました。


未経験で0スタートの僕が与えられた大きなチャンス

大学時代もスポーツばかりしていた僕は、卒業後、はじめての社会経験。はじめての福祉の世界。全てが0からのスタートで、新しいことの毎日でした。覚えることも多かったけどやはり楽しくて、気づくと「主任」という立場をいただくことになりました。正直「え?僕でいいの?」とは思いました。それと同時にこんな経験の浅い僕なんかをそんな立場にしてすごいチャレンジャーな会社だなと思いました(笑) 当時の話を、代表理事 濱野から「資格や経験値にも勝る情熱や気持ちで選んだ」と聞いた時には嬉しく思いました。なおさら頑張らないとなと気合いが入ったのを覚えています。

春風緑店で主任となり、現場業務だけでなくスタッフ教育、管理業務、営業など様々な仕事を経験して2年が過ぎた頃、『放課後等デイサービス』の新規事業に抜擢されました。1号店である【能力探求スクール ジーニアス緑店(※現滝ノ水校)】の立ち上げに携わり、管理全般を取り仕切ることになり、その頃は「僕でいいの?」とは思わず、素直に嬉しかった。自分が残している功績なんて日々の業務の中ではわかりにくいもの。それが「役割」を新たに与えられたことで自分の力がついてきたような気がしました。しかしまだ当時24歳の僕は、まだまだ考えが浅かった…。新たな事業を携わる中で「責任」というものがリアリティーを増してきて、自分の能力の足りなさから何度も何度も失敗を繰り返しました。その度に、チャンスをいただき、それでもまた失敗を繰り返し…。当時のことを振り返ると今でも悔しく思います。「なんで出来ないんだ」自分で自分を追い込んでいましたね。(あれ?抜け出せないぞ)と思う程かなり深く落ちた時期でした。


失敗からの挑戦。挑戦の先に見えてきた新しい景色ー

そんな中、会社内で新たなプロジェクト【僕たちが世界の何かを変えてやるプロジェクト(通称僕プロ)】という障害支援事業と海外支援事業がコラボした斬新な事業がスタートしました。春風やジーニアスの子供たちが募金を募りカンボジアの子供たちに教科書をプレゼントしにいこう!という内容のもの。世間では障害児童と呼ばれる子供たちが社会や世界の壁を越えようと必死で街頭募金活動などを行う姿を見ていたらうずうずしてきてちゃって「落ちてる場合じゃない!すごく楽しそうなプロジェクトに出遅れてるじゃんオレ!!」って思いましたね(笑) その後プロジェクトを先導していたスタッフに直談判しプロジェクトスタッフの一員として活動に参加させてもらうことになりました。日々の業務+新たなプロジェクトの業務は日を増すごとに増えていき、スピード感についていくのに必死でしたけど、そのスピードに遅れないように必死になっていたら、気づけば落ち込んでいたことも忘れていました。

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具体的には活動する子供たちをサポートする担当だったのですが、今まで何に対しても無関心だった子や逃げ腰だった子が本気でぶつかり喧嘩しながらも進んでいく姿は衝撃的で、青春を知らなかった子供たちが青春を生きていることに感動の連続だったのを覚えています。大学の講堂で講演や発表をしたり、8歳〜17歳の子供たちが日本を飛び出し言葉も通じない異国の地で自分達のプロジェクトを一生懸命伝える姿に、そして有言実行したその行動力に、とにかく成長の瞬間に立ち会えたことが嬉しかったし、このプロジェクトに携われたことを誇りに思っています。一個人としても、カンボジアへ同行し現地の子供たちの姿をみることができたことはすごく良い経験でした。あの一瞬で吸収しようとする熱量は自分が子どもや学生の頃には無かったもの。いかに恵まれ、甘えた環境で生きてきたか、日本の外から日本を見ることで見えた世界や景色を知ることができました。まさか異国の地へ行き、こんな経験をするなんて入社当時は想像もしませんでしたが、このうように色々な景色をみることができるのが弊社の魅力でもありますね。


「考えること」「学ぶこと」そして、「人としてどう生きるか」

入社して4年目、現在は【能力探求スクール ジーニアス滝ノ水校】主任として、子供たちと体当たりの日々を過ごしています。4年経った今でもやはり「この子達の何が障害なんだろう…???」と思っているけど、個性や性格、生い立ち於や家庭環境など色々な子供たちがいて、その一挙手一投足に釘付けの毎日です。関わる子供たちにも「障害者?だから何?」と言えるくらいの強さを持ってほしいと思っているし、そうなれるまでの過程をサポートしていきたいと思っています。カテゴライズされた「療育」というものに縛られることなく、「人として」というのを僕はきちんと伝えていきたい。障害者も健常者も机上じゃ語れないことが現場、いや人生ではたくさん起こります。そんな当たり前のことにとらわれることなく、楽しむこと、行動すること、考えること。そういった日々の感覚や感動を通して、一人一人の個性や特性を伸ばしてあげられたらと思っています。

入社以来、この会社でたくさんのことを学び、たくさんの経験をさせていただきました。学生気分で仕事のイロハも知らなかった僕はたくさんの先輩方に迷惑もかけてきました。弊社は「考えること」「学ぶこと」そして「人としてどう生きるか」そういった根本的な部分を大切にする会社です。そのことが僕が成長できた一番の大きな理由だったと思っています。今後は、さらに任される役割も増やしていきたいです。もちろんそれは責任が重くなることだけど、「責任が無いと人は成長できない」「常にチャレンジャーであれ」ということをこの会社で学んだ今の僕は、今後も挑戦を続けていきたいです。そして、たゆたうように過ごしていた当時の僕に居場所を与えてくれた子供たちに恩返しをするように、みんなが自然体で過ごせる場所をもっと増やしていきたいと思っています。そして今、母の”財産”は、教え子さんたちがいるという形に残るものだけでなく、僕が今、日々経験している”感動”という心の中に残されていくものだと気づきました。僕も母に負けないくらいの心の”財産”を築いていこうと思っています。


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